その狂気は一本の木の“影”から始まった――
北欧ニューウェーブが送り出す、衝撃のブラック・サスペンス

INTORODUCTION

スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランド。

雄大な自然と固有の文化を持つ北欧諸国は、さまざまな国際的な“幸福度ランキング”や“男女平等指数”等でつねに上位に名を連ね、高度な教育や福祉のシステムも注目を集めている。ところが、そんな一見“いいことづくめ”のこれらの国々では、社会や人間のダークサイドに目を向けた鋭くもユニークな映画がいくつも作られており、フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキの諸作品や2017年カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたスウェーデン発の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』がそうであるように、独特のユーモアのセンスも際立っている。また、日本では映画、TVドラマ、小説といったフィクションの分野で、北欧サスペンスや北欧ミステリーといった呼称が定着して久しい。近年、北欧諸国で盛んに作られているスリラー、ミステリーは極めてドラマ性が高く、多くの熱烈なファンを獲得している。

北大西洋に浮かぶ島国アイスランドから届いた『隣の影』も、そんな“北欧ニューウェーヴ”の1本として必見のサスペンス映画である。ささいなクレームから始まった隣人トラブルが、あれよあれよという間に恐ろしい事態へ発展していく様を描いた本作は、2017年のヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門でワールドプレミアされたのち、本国アイスランドでは同時期公開のハリウッド・ホラー『IT/イット “それ”が見えたら終わり。』と渡り合って興収チャート1位を獲得。同国のアカデミー賞にあたるエッダ賞で作品賞、監督賞、脚本賞を含む7部門を独占し、米アカデミー賞のアイスランド代表作品に選出された。そのほかにも世界各国の映画祭で絶賛を博しており、ジャパンプレミアとなったSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018では国際コンペティション部門の監督賞を受賞した(出品タイトルは『あの木が邪魔で』)。

その戦慄の悲喜劇は1本の木の“影”から始まった。
アイスランドの俊英が繊細かつ巧妙に紡いだ映像世界。

すべての始まりは、閑静な住宅地で暮らす老夫婦インガとバルドウィンが、隣家の中年夫婦エイビョルグとコンラウズからクレームをつけられたことだった。インガらの庭にそびえ立つ大きな木が、いつもエイビョルグが日光浴をするポーチに影を落としているのだ。それをきっかけにいがみ合うようになった2組の夫婦は、何の証拠もないのに身近で相次ぐ不審な出来事をすべて相手の嫌がらせと思い込むようになる。その頃、元恋人とのセックス動画が原因で妻アグネスから三行半を突きつけられ、インガらのもとに転がり込んできた息子アトリも、庭のテントで寝泊まりして隣人の監視を手伝うはめに。やがてインガが家族同然に可愛がっていた飼い猫が失踪し、1本の木を挟んで激しく対立していた両家の人々は、決して越えてはならない危険な一線を踏み越えていくのだった……。

日本でも隣人トラブルのニュースがしばしば報じられているように、本作は万国共通のシチュエーションのもとで身近なテーマを扱っている。新興住宅地でたまたま隣り合わせになった2組の夫婦が、とめどもなく人間不信を増幅させ、ついには常識外れの“暴走”へと突き進んでいく姿を描出。そのリアルでドライなタッチの映像世界にはシニカルなユーモアが満載されており、主要登場人物6人それぞれが抱えるやるせない事情や感情の綾を繊細にあぶり出した脚本、演出の巧みさに唸らずにいられない。何の変哲もない1本の木がもたらす“影”をシンボリックに見せながら、ブラックなホームドラマの体裁を取った本作は、卓越した心理描写に支えられたサスペンス映画として異彩を放つ。あらゆる予想を裏切り、身も凍りつく終盤のサプライジングな展開には、それまでくすくす笑いを抑えられなかった観客さえも息をのむに違いない。

デンマーク、ポーランド、ドイツとの合作でこの長編第3作を撮り上げたのは、2012年にバラエティ誌の“最も期待される10人のヨーロッパの監督”に選ばれたハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン監督。ただならぬ懐の深さを感じさせるこのアイスランドの俊英が2011年に発表した長編デビュー作『Either Way』は、ポール・ラッド、エミール・ハーシュ主演の異色コメディ『セルフィッシュ・サマー』としてハリウッド・リメイクされ、そのリメイク版のメガホンを執ったデヴィッド・ゴードン・グリーン監督にベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)をもたらした。

STORY

アイスランドのとある街でごく普通のマンション暮らしをしているアトリ(ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン)とアグネス(ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル)の夫婦生活は、ある日突然崩壊した。パソコンに保存しておいた元恋人とのセックス動画を自宅で密かに鑑賞していたアトリが、絶対に見られてはならないその姿をアグネスに目撃されてしまったのだ。妻から露骨な侮蔑の眼差しを向けられ、「今すぐ出て行って」と告げられたアトリは、郊外の住宅地に居を構える年老いた両親、インガ(エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル)とバルドウィン(シグルズール・シーグルヨンソン)のもとに転がり込む。

その一見すると平和を絵に描いたような実家でも、小さな諍いが生じていた。インガとバルドウィンの家の庭に根づいた大きな木が日差しをさえぎり、隣家のポーチに影がかかっているのだ。その影にストレスをため込んだ隣人の中年夫婦、エイビョルグ(セルマ・ビヨルンズドッテル)とコンラウズ(ソウルステイン・バックマン)からクレームをつけられたバルドウィンは、庭師を呼んで木の手入れをすることに。ところが妻インガは「あの木には触らせない」と反対し、日光浴やサイクリングで自分磨きに余念がないエイビョルグに犬のフンを投げつける。

翌日、バルドウィンが外出しようとすると、車の4つのタイヤすべてが何者かによってパンクさせられていた。インガは隣人夫婦の仕業だと断定。それを裏付ける証拠はどこにもなかったが、2組の夫婦はこの一件で激しくいがみ合い、温厚なバルドウィンもタイミング悪くやってきた庭師を追い返してしまう。その後も庭の花壇が荒らされていることに気づいたエイビョルグは不信を募らせ、インガは防犯カメラを設置して隣人の監視を開始する。こうして両家の対立はじわじわと深刻化していった。

一方、アトリとアグネスの夫婦関係も険悪化の一途をたどっていた。アグネスの勤務先に押しかけて騒動を起こした揚げ句、4歳のひとり娘アウサを幼稚園から連れ出したアトリは、自業自得でどんどん不利な立場に追いやられていく。ついにはアグネスが離婚を決意し、アウサの親権も失いかねないと知ったアトリは、「俺を赦してくれないか?」と妻に懇願する。しかしアグネスの返事は「今は赦せない。いつ赦せるかもわからない。感情的に裏切られたからよ」とけんもほろろで取りつく島がなかった。

その頃、インガが愛情を注いでいるペットの猫が忽然と姿を消した。防犯カメラの映像をチェックしても、怪しい人影は映っていない。インガとバルドウィンは、チェーンソーを所持しているコンラウズに木を切断されるのではないかと警戒心を強め、やむなく息子のアトリが庭のテントで寝泊まりして監視役を務めることに。そんな折、バルドウィンはアグネスのもとを訪ね、このところアトリが無気力になっていたことを聞かされる。実はバルドウィンとインガの長男で、アトリの兄であるウッギが自殺した過去が、一家の日常に不吉な影を落としていた。

やがて愛猫の失踪がウッギの死を思い起こさせたのか、いっそう情緒不安定になったインガは隣人への怒りを募らせ、ある信じがたい行動に出る。しかしそれは新たな憎悪を呼び、取り返しのつかない災いを招き寄せる行為だった……。

CAST&STAFF

映画『隣の影』CAST

映画『隣の影』ステインソウル・フロアル・ステインソウルソンステインソウル・フロアル・ステインソウルソン(アトリ役)
1984年生まれ。
アイスランドで最も人気のある若手コメディアンの一人でアイスランドのTV界で成功を収めている。
数々の映画作品にも出演。アイスランドのラジオコメディ番組でホストも務めている。”Under the Tree”は初の主演映画作品である。
映画『隣の影』エッダ・ビヨルグヴィンズドッテルエッダ・ビヨルグヴィンズドッテル(インガ役)
1952年生まれ。
1978年にアイスランド・ドラマ・アカデミーを優秀な成績で卒業。1980年代はコメディアンとしての才能を開花させ名を知られるようになった。
現在は女優、コメディアン、作家、監督、演説家として活躍。アイスランドのコメディー映画” Stella on Holida”(1986年)の主演として有名。
映画『隣の影』シグルズール・シーグルヨンソンシグルズール・シーグルヨンソン(バルドウィン役)
1955年生まれ。
1976年にアイスランド・ドラマ・アカデミーを卒業。アイスランドのコメディー界では伝説の役者、監督、脚本家として同年代の俳優陣の中では最も愛された存在である。
1970年代から数多くの映画、TVドラマに出演。アイスランド国立劇場でも俳優、監督として活躍している。主演映画“Hrútar”で国際的にも有名である。
映画『隣の影』ソウルステイン・バックマンソウルステイン・バックマン(コンラウズ役)
1965年生まれ。
1991年にアイスランド・ドラマ・アカデミーを卒業。演劇界では役者と監督の両方で幅広くキャリアを積んできたが、のちに映画界に活躍の場を広げ、アイスランド映画界で最も優れた俳優の一人として名を馳せた。
また演劇指導者としての経験も認められアークレイリ・シアター・カンパニーの芸術監督に就任した。
アイスランド映画“Vonarstræti”で演じたMóri役で2015年にアイスランド・アカデミー賞を受賞している。
映画『隣の影』セルマ・ビヨルンズドッテルセルマ・ビヨルンズドッテル(エイビョルグ役)
1974年生まれ。
女優、歌手、振付家、舞台監督でもある彼女が国際的にも有名になったのは1999年にアイスランド代表として参加したユーロビジョン・ソング・コンテストで第2位を受賞したことだろう。
振付家、助監督、監督としても数々の作品を手掛け、テレビ業界でも広く活躍している。
映画『隣の影』ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテルラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル(アグネス役)
1983年生まれ。
2010年にアイスランド・ドラマ・アカデミーを卒業以後、アイスランド国立劇場とレイキャビック・シティー劇場で数多くの舞台に出演。
数々のアイスランド映画で活躍すると同時にアメリカのNetflixオリジナルドラマ” Sense 8”にも出演している。

映画『隣の影』STAFF

ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン(監督)
1978年、レイキャビック生まれ。
アメリカの名門コロンビア大学の映画課程を卒業。
初監督作品” Á annan veg”は世界各国の映画祭で上映され、”Prince Avalanche”(ポール・ラッド、エミール・ハーシュ主演)というタイトルでアメリカでリメイクされた。
2012年、アメリカの”Variety誌が選ぶ注目すべきヨーロッパ映画監督10人”の一人に選出された。
モニカ・レンチェウスカ(撮影監督)

ポーランドのシレジア大学にて映画・放送学の修士号を取得。その後アメリカン・フィルム・インスティチュートにて映画撮影技術に関する修士号を取得した。国際映画撮影監督組合、ポーランド撮影監督協会のメンバー。彼女の作品はサンダンス、カンヌ、トライベッカ、ロッテルダム、カメリマージュなど名だたる映画祭で上映されている。長編・短編映画、CM作品で活躍している。

編集:クリスティアン・ロズムフィヨルド/音楽:ダニエル・ビヤルナソン

TRAILER

AWARDED

<受賞歴>
  • アイスランド・アカデミー賞(Edda Awards)では、作品賞、監督賞、脚本賞、男優賞、女優賞、助演女優賞、視覚効果賞/ファンタスティック・フェスト2017監督賞長編コメディー部門受賞/ダブリン国際映画祭2017撮影賞/デンバー映画祭2017出品クシシュトフ・キェシロフスキ賞(最優秀作品賞)受賞/インターナショナル・コンペティション部門作品賞スペシャル・メンション受賞/ハンプトンズ国際映画祭2017出品長編ナラティヴ作品賞受賞
  • 米国アカデミー賞2018 外国語映画賞 アイスランド代表
<出品>

ベネチア国際映画祭2017 Orizzonti部門出品/SKIP国際Dシネマ監督賞201/トロント国際映画祭2017 CONTEMPORARY WORLD CINEMA部門出品/チューリヒ映画祭2017出品/シカゴ国際映画祭2017出品/ミドルバーグ映画祭2017出品/バリャドリッド国際映画祭2017出品/フィラデルフィア映画祭2017出品/ライデン国際映画祭2017出品/  テッサロニキ国際映画祭2017出品/パームスプリングス国際映画祭2018出品/パームスプリングス国際映画祭2018出品

COMMENT

「隣の影」監督/ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン

この夫婦は中の上くらいの生活レベルで、根本的な問題はないんです。むしろ、自ら問題を起こしている。
これはアイスランドでの話ですが、どこでも起こりうる普遍的な話。戦争だって、そうだと思うんです。ご近所問題で起こることと多くの共通点があると考えます。この作品は、僕なりの反戦映画です。

映画監督/深田晃司

小さな出来事、小さな行き違いが転がるように大きな事件へと発展していく脚本の巧みさと監督の手腕がすばらしい!
その技術の高さもさることながら、悲劇とユーモアが表裏一体で描かれる監督のシニカルな視点がとてもユニークだった。共感を求めない人物造形というのは、作り手の私自身にとても勇気をくれた。

INTERVIEW

監督ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン

この映画はどこから着想を得たのですか?また、何か基づく事実がありますか?

脚本を共同執筆したフルダル・ブレイズフィヨルズと僕がこの映画のアイデアについて話し合いを始めて10年になります。ご近所問題というのは、とても些細なこと が原因で始まりますが、時々、それに尾ひれがついて、最終的にはとんでもなく大げさな話になってしまうことがあります。そのことが僕にとって、とても面白いことな んです。ご近所問題は時として、とても激しい、暴力的な対立へと発展してしまって、普通の生活を送る、尊敬すべき人々が尊厳や自制心をも失ってしまうことがある んです。木についてのご近所問題というのは、実はアイスランドではよくある話なんです。なので、実際の事件に基づいているといえば、確かにそうなりますが、今 回の物語は完全なフィクションです。一般的にも、庭に美しい古木が立っているとなれば、その木を切り倒してしまおうなんて思わないですよね。でも、一方で、隣の 家の庭に立っている木が日差しをさえぎってしまっているのであれば、切り倒して欲しいと思うのも当然のことと思います。特に、アイスランドでは日が差すというの はとても珍しいことですから…。これは話し合いでは解決が難しい、一種のジレンマを抱えている問題なんです。

日常的に起こる対立について、何か惹きつけられる事柄がありますか?

僕は常に自分の映画の中で世俗的な事柄に心惹かれることがあります。それは、僕にとって素晴らしい映画素材の源です。僕達の生活というのは、平凡な事柄の 積み重ねで出来ているので、僕達にとって馴染み深いことで、僕はそういったことが人間の存在を結びつける一つの要素であると信じているんです。僕にとっては、美しい木といった無邪気なものについてスリラー風のドラマを作るということは、とても大きな挑戦だったと思います。それは、「家庭」を戦場とした戦争映画を作 ることでもありました。これはアイスランドでの話ですが、どこでも起こりうる普遍的な話です。戦争だって、そうだと思うんです。ご近所問題で起こることと多くの共 通点があると考えます。この作品は、僕なりの反戦映画なのです。

本作のために、映像的にインスピレーションを得た映画というのはありますか?

制作過程に常に影響を受けている他作品や映画監督というのはあります。でも、上手いことそれを隠さないといけません。本作ではそれが出来ていることを祈るば かりです。本作の撮影監督であるモニカ・レンチェフスカと話し合った映画作品としては、ミヒャエル・ハネケ、ヨアキム・トリアー、リューベン・オストルンド、デヴィッド・リンチ、リン・ラムジー、デレク・シアンフランスといった監督の作品が上げられます。今挙げた監督達の名前を考えても分かるように、この作品に影響を与えている
映画監督はジャンルだけでも多岐に渡ります。僕とモニカがしたのは、台本に考えを反映させるための議論に、彼らの作品を参考にして共通認識を得ることでした。

THEATER

関東地方

上映場所 上映劇場 日時 電話番号
東京都渋谷区 ユーロスペース 上映終了 03-3461-0211
神奈川県横浜市 シネマ・ジャック&ベティ 上映終了 045-243-9800
栃木県宇都宮市 宇都宮ヒカリ座 上映終了 028-633-4445

中部地方

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愛知県名古屋市 名古屋シネマテーク 上映終了 052-733-3959

近畿地方

上映場所 上映劇場 日時 電話番号
大阪府大阪市 第七藝術劇場 上映終了 06-6302-2073
兵庫県神戸市 神戸アートビレッジセンター 上映終了 078-512-5500
京都府京都市 出町座 上映終了 075-203-9862

九州・沖縄地方

上映場所 上映劇場 日時 電話番号
福岡県福岡市 KBCシネマ 上映終了 092-751-4268